終わった。

正午過ぎ、蔡場に到着。なんとか葬儀に間に合った。

黒枠に納まった叔父の笑顔。
できれば、こんなかたちで再会したくなかった。
「最近はずっと沈んでて、全然笑ってなかったから、珍しい写真だね」
従姉妹の言葉をよそに、叔父ってこんな顔だったっけかと思い返していた。
そりゃそうだ、叔父とはもう7年近くまともに顔を合わせていなかったのだから。変わりもするさ。
今年の10月は、家族と一緒に叔父と叔母を連れて、台湾で修行中の僕の弟にみんなで会いに行こうという話をしていた。
久々に会えるので、楽しみにしていたのだけれど。
残念だよ。

しかし、お棺の中の叔父の顔は、また一段と違っていた。
そこにはかつての面影はなく、弱々しい顔の叔父が横たわっていた。
「この2週間の間に、だんだん顔が変わっていったわ」と母方の祖母が言っていた。
叔父がもう一度目を覚ましてくれたら、そう思っていたけれど。
奇跡は、そうそう起きるものじゃないね。
外はぼんやりとではあるけれど、陽が射している。
涙雨には、ならなかった。

広々とした蔡場に大きな祭壇、そのまわりは親類や取引先からの花や供物でいっぱいに飾られている。
こんなに大きな蔡場で大丈夫かな、なんて心配は無用だった。
叔父と最期のお別れをと多数の参列者が集まり、いつしか蔡場はいっぱいになっていた。
式の終盤、叔父の眠る棺一杯に花が手向けられる。
叔父が好きだった饅頭も、枕元に供えられた。
僕も叔父の胸元へ花を飾り、手を合わせて「お疲れ様でした」と念じた。

棺の蓋を閉めようとした時、従妹の娘が何度も訊いた。
「おじいちゃんは?」
おじいちゃんね、これからすごく遠いところへ行くんだよ。
途中でくたびれたりしないように、ねんねしてるんだ。
さあ、これで最期だからね、バイバイしようね。
「おじいちゃんどこ?」
……小さな子供には解らないか。
孫娘は小さな手で遺影を指差した。
「あ、おじいちゃんだ」
うん、おじいちゃんが写ってるね。
孫娘は、いつまで経っても叔父に会えないことには気づいていたようだった。
「ねぇ、おじいちゃんどこ?」
お棺が霊柩車へ運ばれた後も、炉へ入るときも、ずっと叔父を探していた。
自殺者の葬儀ってのは、異様なんだよな。
皆泣いてるんだけど、ほとんど言葉がないんだ。
そのせいか、妙に印象に残った。

ゆっくりと閉まる重い扉。
その向こう側で、火が入る音がした。

叔父の身体は灰になり、魂は天へ昇ってゆく。

炉の扉が開くと、中から綺麗な白いお骨が現れた。
家族親族合わせて7回の葬儀に参列しているが、今まで見た中で一番綺麗なお骨だった。
しかも喉仏の骨は、とても綺麗なかたちをしていた。
その頃、従妹の子はまだ叔父を探していた。
「おじいちゃーん」
その子を抱いていた親戚が、遺骨をぼんやりと眺めながら呟いた。
「……じいちゃんな、骨になっちゃったよ」
孫娘は首を傾げている。
「おじいちゃん?」
やっぱり、小さい子には、無理かな。

皆で脚から順にお骨を拾い、壷へ収めていく。
少しずつ、全身の骨が納まるように。
背の高かった叔父が、こんなに小さくなってしまった。
「誰でもいつかは骨になるんだから、生きなきゃダメだよ」
母方の祖母が骨になった叔父を見ながらそう言った。
生きていくことは決して楽なことではない。
僕らをこの世界に縛り付ける、肉体という鎖。
まるで僕らが自由に飛び回れないようにするために作られたかのような、とてつもない重さ。
時には引きずり、時には引っ張られ、皆それぞれに生きてゆく。
けれど、その鎖も時間の経過と共に徐々に錆び、いつかは解けていく。
望まなくても、解放の時は誰にも等しく訪れる。
「死に急ぐ必要なんて、ないんだよ」
母親の言葉は、誰に向けられたものだろうか。

明日からの仕事に備え、僕は早めに蔡場を出た。
日帰りでも葬儀に参列できてよかったなと思ってる。
今日感じたことは、きっと僕の糧になるよ。
叔父さんありがとう。
これから永い永い旅だからね、ゆっくり休んでね。

AC

Posted by CINDY