シングルマザー

今回の帰省は超過密スケジュール。
早朝に帰宅し、仮眠を取って、中学以来の大親友に会うべく連絡をとる。
「いま、アシがないから迎えにきてもらっていい?」
えっ?
……車を……売った? 車好きの彼女が???
なんだかすごく嫌な予感がする。

彼女の家まで車を走らせる。でも、胸騒ぎがしてやまない。
……嫌ナ、予感ガ、スル。
そしてその予感は的中した。
彼女は車に乗るなり、こう言ったのだ。
「いま、3ヶ月」
……両手で、お腹をさすりながら。

話を聞けば聞くほど、事態が深刻であることがわかっていく。
男の言い分がまた最悪なのだ。
「金もないのに今のまま結婚しても産んでも子供が不幸になる」
金についてはなんとでもなるはずなのだ。お互いの両親は健在なわけだし、男も彼女も仕事ができない身体なわけでもない。
男は教員免許を持っていて、現在も非常勤講師をしている。常勤講師となれれば安定した収入が得られるのだから、言うほど金には困らないはずだ。
「俺にはまだやりたいことがある」
「俺は子供は30になってからと決めている」
まあ、どれをとっても聞き苦しいいいわけでしかない。つまりは、この事実から逃げようとしている。
「今のままではおまえと結婚できない、学校や会社や友達に迷惑がかかるから」
「(エコー写真に映った胎児を見て)こんなのまだ細胞じゃないか」
「子供を堕ろして結婚しよう、そしたら俺は責任をとったことになる。俺はおまえさえいてくれればそれでいい」
自分の思い通りの人生ではないからと子供のせいにする……納得がいかないのはわからんでもないが、それにしても随分と勝手なことを言っているものだ。
できちゃった結婚のなにが嫌なのだろう? 僕の知っている教師でできちゃった結婚の人がいたし、別にその人は学校や保護者から何を言われたわけでもなかった。生徒達には自分のようにならないようにとまでいってのけている。いや、それは確かに誉められた行動ではないが、少なくともその人は事実から逃げたりはしなかった。
しかしどうだ。この男は教職者という身分にありながら、事実から逃げるだけでなく、保身のため世間体のために子を殺せとぬかすのだ!
僕が保護者であったとしたら、こんな教師に我が子を預けたくはない。
誰かこの男から教師免許を剥奪する方法を教えてはくれまいか。僕はこんな男が教師でいることが許されるというのが非常に我慢ならない。

彼女のほうは至って冷静で、シングルマザーになる決意を固めている。
これから産まれてくる我が子のために月10万近くかけて可愛がっていた愛車を売却、生活保護を受けるため実家を出て、偏見の強い中部地区にありながらシングルマザーにやさしいといわれる地域に部屋を借りる算段を立てるなど、きちんと現実に向き合い、何年も先を見据えた行動に入っている。
これから先、人よりも多くの苦労を強いられることもいとわないという彼女の強い意思が、唯一の望みだろう。
もっと取り乱しているかと思ったが、ことのほか落ち着いた表情の彼女に僕はほんの少しだけ安心できた。

することをすればできるものができるように人間の身体はできている。
彼女は以前から子供ができたら産むつもりだと男に言っていた。
「そのときはふたりでがんばっていこう」
男もそれを承知していたはずだった。
なのにいざできたら「俺は作るつもりはなかった」とはこれいかに。
土壇場になって逃げ出そうとする男に、彼女は彼女は心底がっかりしたという。
男にだますつもりはなかったのだと思う。
が、結果的に彼女は裏切られた形となってしまった。
『彼が考え直してくれれば』
それでも男を憎んだりしないなんて、僕にはできない。

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Posted by CINDY